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カナダ日本語教育振興会 2002年度年次大会
後援:国際交流基金 国際交流基金トロント日本文化センタ

6月29日(土)13:00−16:00
現職教師研究会 「漢字の効果的な教え方―構成要素分析」

名城大学のメアリー野口と申します。本日はご招待ありがとうございました。

それでは、今日は、漢字学習者の観点からみた漢字教育について、私の考えを述べさせていただきます。とくに、構成要素分析という方法に焦点をあて、私自身の学習体験を交えて、お話したいと思います。

まず、私の日本語教師としての経歴について簡単にのべさせて頂きます。授業形 式で教えた経験としては、アメリカのデューク大学というところで、日本語を一 年間教えたことがあります。また、やはりデューク大学で、中学生対象の夏期集中講義も行ないました。授業形態での日本語教師の経験はこんなところです。

あと、日本では、個人的に、少人数の外国人を対象に、構成要素分析の使い方を 教えております。また、日本国内で、日本語学習者や教師を対象とした、構成要 素分析のワークショップも行なっております。最近ではこれらのワークショップで、漢英辞典の活用法についても教え始めました。

次に、日本にはジャパンタイムズという英字新聞があります。私は、そのなかで、 「漢字クリニック」という漢字についてのコラムを執筆担当しております。この コラムは、日本語に堪能になるために、なんとか常用漢字をものにしたいと思っている人達を対象としたものです。そして、これらのコラムをまとめて、ウェブサイトで公開しておりま。これまでに、多くの人たちがコラムを読み、さまざ まな感想や意見、質問を寄せてきております。このように、インターネットのおかげで、世界中の漢字学習者たちからの生の声を聞けるようになりましたが、ひと昔前までは考えられなかったことだと思います。

さて、先生方はおそらく、皆さん、それぞれ異なった条件で日本語教育に携わ っておられることと思います。たとえば、生徒が若い世代の学生である方もおられれば、年齢層の高い人々である方もおられることと思います。また、生徒の学習動機や目的もいろいろでしょうし、学習教材をご自分でお決めになられる先生、 またはそうされない先生もいらっしゃることと思います。私としましては、先生 方の置かれている状況の特殊性を超えて、この話から何かご自分の授業に役立つ ものを得ていただければと思います。

それでは、まず、先生方のお互いの状況を把握し、相違点を認識することから始 めたいと思いますので、大変恐縮ですが、小さなグループに分かれて、プリントに書いてある項目について、かんたんにディスカッションしていただけないでしょうか?

ディスカッション・トピック

1. 漢字を教えるために、現在どのような教授法や教材を利用されていますか。
2.  漢字の形、意味、発音を、それぞれ、どのような方法で教えていらっしゃいますすか。
3.  授業では何個ぐらいの漢字を教えていらっしゃいますか。
4. 「店」という漢字と「占」という漢字の、どちらを先に教えますか?「引」と「弓」ではいかがですか。
   教える漢字の優先順序はどうなっていますか。
   また,なぜそのような優先順序で漢字を教えていますか。

のちほど、45分間の質疑応答時間がありますので、そのとき、ディスカッションで話題になったこと、疑問として出てきたことなどについて、ご発言いただきたいと思います。

私が日本に住み始めて、今年で16年になります。最初の五年間は、ほとんど漢字が読めませんでした。来日してすぐに、広島の大学に勤め始めたのですが、日本語が読めなかったためにいろいろな問題が起こりました。たとえば、大学から教員あてに、ひんぱんに書類が配られるのですが、それらを1人で読むことができず、日本人の夫や友人に頼らなければなりませんでした。とくに、重要書類が理解できなかったときには、本当に落胆しました.

また、スーパーに買い物に出かけたときも、商品のラベルが読めなくて、不必要 なものを何度も誤って買ってしまいました。たとえば、「辛い」という字が読めなくて、まったく自分が口にできないような辛いカレーを買ってしまったことがありました。

自分の国では、なんでも何不自由なく読める普通の大人なのに、日本に着いたとたんに、突然何も読めない子供のようになってしまったわけですから、これは本当に辛い(つらい)ことでした。

日本には、中国人など、漢字圏からの在日外国人が大勢いるのですが、彼らの場 合は、ぜんぜん日本語が話せなくても、紙と鉛筆さえあればある程度コミュニケ ーションが出来ます。ところが、非漢字圏からの外国人の場合は、そうはいきま せん。そして、もう何年も日本に住んでいて日本語はぺらぺらなのに、漢字はほとんど読めないという非漢字圏の外国人たちが多いようです。少なくとも、私の周りではそうです。

口語日本語の学習において、文字を読まずに、全部耳から聞いて覚えるという方法には限界があると思います。日常会話レベルで、いわゆるペラペラになることは可能かもしれませんが、抽象的な深い話ができるようになるには、まずそのための熟語を覚えなくてはなりません。そして、それらの熟語を全部耳から聞くことだけで学ぶというのは、事実上不可能だと思います。

私個人の経験からいいますと、他人と話そうとするとき、当然大人としての話題について会話をしたくなります。しかし、そのためには大変な量の熟語を知らな ければなりません。そして、これは漢字を勉強するようになって気づいたことですが、漢字を知ったことにより、熟語を覚えるのが楽になります。漢字を学ぶと、和文の新聞や本が読めるようになり、そしてこれが難しい会話に必要な熟語の獲得を容易にするのです。

私は、じつは、 来日前にも漢字を勉強したことがあります。一年間アメリカの 大学で日本語の授業を取りました。(ちなみに、それ以来、私の日本語学習はほとんど独学です。)そして、私の日本語の勉強の開始は同時に、漢字の勉強の苦労の始まりでもありました。初級クラスだったのですが、そこで使われたテキストは、 漢字を漢字自体として体系的に教えるものではなく、文法のレッスンのおまけとして、その中でたまたま出てきた漢字を後で集めて解説するというものでした。

そのときの授業担当者の先生は、テキストの漢字だけではとても間に合わないといわれて、日本での日常生活で役立つようにと、かなり複雑な形の漢字も導入されました(停留所、郵便局など。先生が筆順と音訓読みを黒板に書いて、部首も教えていただきましたが、そのあとは私たち学習者に任せられました。漢字を丸暗記しようとして、何度も何度も繰り返し書いてみたのですが、なかなか形を覚えることが出来ませんでした。先生は授業で導入した漢字を、「読み書き両方 覚えるべき漢字"Kanji for reading and writing"」と「書き方は省略し、読み方 だけ覚える漢字"Kanji for recognition only"」の二種類に分けました。

この、読み方だけを覚えろということについてなのですが、だんだん量が増える にしたがって、似た形のものも増えてきます。(天/夫/矢/失、連/運、理/現、 数/類、困/因/囚、賃/貸/資/貨/貧、 則/側/例/測、 祭/察/際、 線/緑/録、輸/輪、 熱/勢/熟/塾、 歓/勧/観/権/確など)。そして、私の場合、十分な漢字の識別能力が身についていなかったため、[認知だけで十分だ]といわれても、このような似ている漢字が出てきたときには、たいへん混乱しました。そして、わからない漢字に直面して、 漢英字典を引こうにも、漢字の形についての知識が乏しくて、とくに画数というものに無知だったのでそれも大変でした。 その後、五年間ほど勉強して、何とか日常会話は出来るようになったのですが、 漢字のほうは、小学校三年生程度のものを読むのがやっとでした。しかも、その中で、書くことが出来るのはせいぜい100字程度でした。

私は自分の語学の才能には自信はありませんが、学ぼうとする動機だけはしっかりしていたと思います。また、学ぶための努力も十分したとは思いますが、思ったような成果が上がらず、挫折感に襲われて、それまでの学習方法についていろいろ考えるようになりました。そして、語学教育者としていろいろ考えてみた結果、問題はわたくしが使用していたテキストの教授法にあるのではないかと思うようになりました。

そのあと、もっと効果的な学習法がないものかといろいろ探していたところ、あ る本に出会いました。タイトルは非常に簡単で「Remembering the Kanji I」といいます。著者は名古屋市にある、南山大学のアメリカ人教授であるJames Heisig氏です。私は、Heisigの本に偶然に出会って、初めて漢字の魅力を知りました。それまでは、漢字教材を手にするのが楽しいなど、想像もできませんでした。それからというものは、暇さえあればRemembering the Kanjiを夢中になって勉強しました。その後、半年間くらいHeisigの本で勉強した後、それまでの学習効果を評価してみることにしました。具体的には、日本語能力試験二級を受けることにしたのですが、無事合格いたしました。

Heisigの方法は構成要素分析を応用したものです。英語で「Component Analysis」といいます。構成要素分析については後ほど詳しく説明させていただ きますが、その前に、Heisig の本の2つの特徴に付いてお話したいと思います。

1つ目の特徴は、常用漢字一つ一つに固有なキーワードを対応させていることです。このキーワードは「中心義」ともよばれています。中心義というのは、英語の語句で、漢字の主要な字義を一個の概念単位にまとめ上げ、漢字の中心的な概念を把握させる目的で選ばれたものです。この語句としてはなるべく簡潔なものが選ばれます。例えば、この質という字には「substance」というキーワードを 対応させます。辞書を引いてみるとたくさんの意味(品質の質、神経質の質、物 質の質、質問の質、質屋の質など)が載っていますが、初めてこの漢字に出会ったときに、こんなにたくさんの意味を一度に覚えようとすると、学習者はきっと圧倒されると思います。しかし、キーワードを使うと、学習者はまず、それぞれの漢字について、一つだけの意味を、その漢字の主な意味として学ぶことができます。そして、同じ漢字の他の意味は、後で付け足されるようになります。これは、ちょうど私たちが自分の母国語の場合に、もうすでに知っている言葉の意味範囲を拡大することで、言語の理解を深めていくのと同じプロセスだと思います。

Heisigの本ではすべての常用漢字はそれぞれ固有のキーワードが与えられており、キーワードの重複は一切ありません。 Jack Halpern の「Kanji Learner's Dictionary」もこの中心義の考え方を利用しています。したがって、この辞書は、キーワードを教授法に取り入れたい場合には、大変よい参考書になると思います。

次に、Heisigはこの本で伝統的な漢字教育の方法とは全く異なった方法を示したのですが、この本は漢字の読み方については一切触れません。それは、彼は、 他の著者達とちがって、書きと読みは別々に習得すべきだという考えに立ってい るからです。つまり、彼は、常用漢字を全てマスターしたいならば、まず書くことに集中し、読み方は後回しにする方が効率的だと考えております。 Remembering the Kanji I は漢字の意味と書き方を学ぶための本であるにもか かわらず、日本語はほとんど使われておりません。「Remembering the Kanji II」では、1巻に出てきた漢字が「形声文字」にグループ分けされます。つまり、音 読みを表す構成要素が共通なものごとにグループ分けされます。およそ80%の 漢字が形声文字であるにもかかわらず、これをフルに活用して、漢字を分類している教科書はあまりないようです。

Heisigの漢字の読み方を後回しにするという方法は、少しずつ漢字を覚えることを目的とする学習者、あるいはサバイバル漢字だけ覚えればそれで十分だというような学習者には向かないと思います。しかし、私の場合のように、出来るだけ早く全ての常用漢字を覚えたい学習者にとっては非常に効率的な方法だと思います。

非漢字系の学習者が Remembering the Kanji I を最後までやり通すと、ちょう ど中国人学習者のように日本語の漢字の音読みと訓読みを学べるようになります。中国人学習者は漢字の日本語での発音は知らなくても、漢字の大体の意味は中国語ですでに知っています。また,漢字を書くこともできます。そして、既に漢字そのものには慣れているので、無数にある読みの学習にも容易に入っていけるわけです。非漢字系の学習者でも、Remembering the Kanji I をマスターすることにより、中国人学習者と同じようなメリットが得られるようになります。

さて、漢字の読み方を覚えるための学習についてですが、私はそのためにいろいろな教材を試してみました。それらの中でもっとも効果的と思われたものは、 [Nihongo Journal]や児童文書でした。これらの文には振り仮名が振ってあり、 コンテクストと共に読み方の練習ができます。

そこで、これらに集中して学習し、翌年,日本語能力試験の一級に挑戦してみま した。この試験の結果、自分の漢字能力が一級レベルに達していることがわかりました。

日本語能力試験一級の試験場に足を踏み入れた時のことですが、耳にするのは中 国語ばっかりで、私のような非漢字系の受験者はほとんどいませんでした。そこ で私はどうすれば非漢字系の学習者が漢字の壁を乗り越えることが出来るのかについて真剣に考えるようになりました。

まず市販の漢字教材と日本語教師向けの漢字の教授法について書かれた文献や 研究論文などを調べてみることにしました。日本語教育の文献を見る限り、漢字 が非漢字系学習者にとっての一番の障害物になっているにもかかわらず、漢字の 教授法じたいについてはあまり注意が払われていないようです。漢字の形の識別 に関する問題は特に軽視されていると思います。漢字を教える技術を紹介する本は少ないですし、また、私が今までの調べた範囲では、異なった漢字学習効果を 比較するような研究はほとんどなされていないようです。

私には小学校二年生の息子がおります。毎日のように、新しい漢字を勉強し、家でも宿題に漢字の練習をするのですが、息子の漢字学習をよく観察すればするほど、私自身の漢字学習経験との違いがはっきりしてきます。息子の場合は日本語の環境で生まれ育っていますので、他の日本人の子供たちと同様、漢字が日常生活にすっかり溶け込んだものとなっています。このために、彼らはごく自然に漢字の識別能力を身につけることが出来るのではないかと思います。また、漢字の読みに関しても、日本人の子供たちは、小学校で漢字の勉強をはじめるまでに、 ある程度の口語日本語を身につけています。 文字を音声化さえすれば、意味がわかるという予備知識を持っていますので、比較的簡単に音読みや訓読みを覚え ることが出来るのではないかと思います。

ところが、高校生や大人の、日本語を母国語としない学習者の場合は、とてもそうは行かないと思います。しかし、一方、非漢字系の大人の学習者には日本人の 子供たちにはない強みもあると思います。それは、大人ということで、もうすで に母国語の言語活動に必要な認知機能や、理論的に言語を習得する能力を、すで にある程度は持っているということです。したがって、私たち非漢字系の大人の 学習者には理論的で体系的な学習法のほうがふさわしいように思えます。

先ほどご紹介いたしましたHeisig、そして武部良明 (漢字の教え方ー日本語を学ぶ非漢字系外国人のため)、またJoseph DeRoo(2001 Kanji)と Andreas Foerster (Kanji ABC)、の諸先生方は、「構成要素分析」 という方法を開発しました。これは、さきほどご説明いたしましたような、非漢字系の学習者に特有な能力を、有効に使った教授法です。各テキストには若干の違いはありますが、それらに共通していることは、それぞれの漢字を「構成要素」 と呼ばれる単位に分解するというところです。どんな複雑な字画を持つ漢字も構 成要素に分解されることができます。

たとえば、「好き」のような字は、国語の漢字教育でもよく分解して教えられると思いますが、いくら複雑な漢字(機、瞬など)でも、細かい単位に分解されることが出来ます。先ほど述べた Heisig、DeRoo, Foerster、そして武部はやく200の構成要素を考え、それぞれに特定の名前を付けています。ある構成要素は漢字全体、あるものは部首、あるものは漢字の一部分です。

次に、Heisig、DeRoo、そして武部は、構成要素に付けられた名前を使ってstory を作り、漢字の意味と形を覚えやすくするという方法を開発しました。

たとえば、「辛」という字の場合は、上の構成要素は「立」つという意味で、下 の十は「針」を表しています。「針の上に立つこと」は「つらい」というのがこの漢字に対する武部のstoryなのですが、DeRooのstoryはこれとはかなり違い ます。武部と同じように、立には「立つ」という意味を与えますが、十は「十」 という字ですので、「何回も」という意味にします。この「からい」という字を 思い出しやすくするために、DeRooは「辛いものを食べる時に、何回も(十)立っ て(立)水を飲みに行かなければならない」というstoryを考えました。このよう に、テキストによって構成要素名が異なっているので、いろいろなテキストのシステムを同時に使おうとすると、一つの構成要素に対して、複数の名前を覚えることになり、混乱しやすくなると思います。したがって、一つのシステムを選んで、それに沿って学習させた方がよいと思います。

このようなstoryは漢字の基本的な意味を覚えるものであって、漢字の字源の説 明ではありません。字源の説明がこの学習方法に役立つ場合もちろんありますが、 漢字字源の研究がそのまま体系的な学習方法になるというのは不可能のように 思います。そのわけは先生方ご存知のように、漢字が中国から日本に伝わってき た時に、意味が変えられてしまったり、つづりを誤ってしまったり、また漢字の 形が単純化されてしまったからです。武部が指摘するように、日本語教師が、漢 字を覚えやすくするために,学習者にstoryを教えるというのは「うそを教える」ことにもなりますが、教師の目的は字源学者の養成ではありませんので、これは 問題ないと思います。

武部とDeRooは2000字以上の漢字のstoryを考えました。それに対して、 Heisigの場合は500のstoryだけがあらかじめ準備してあて、残り1500 字については構成要素だけを体系的に説明し、storyは学習者が自分で考えるよ うになっています。自分でstoryを考える場合には,そのstoryが印象的であれば あるほど覚えやすいものになるので、ユーモアにとんだstoryや非現実的な恐ろ しいstoryを作ることを薦めています。Heisig式のstoryの中には次のような面 白いものもあります。

湖:さんずいは「水」、「古」は「ふるい」、「月」は「体」という意味です。年 老いて働けなくなると山に捨てられるという言い伝えを聞いたことあると思い ます。この漢字は,肉体が老いた人が,山の変わりに、荒れ狂う「湖」に流され る話である。Old bodies are thrown away in the waters of a lake.

武部のstoryとしては、次のようなものがあります。(喜) 上から見てみますと、 十、豆、口 というふうになります。豆というのは神にも供えたおいしい物です。 その豆を十個も口に入れたので,気持ちが「喜ぶ」というわけです。Putting ten beans in your mouth makes you happy.

DeRooのstoryとしては、次のもあります。 親:左は「立つ」と「木」で、木 の上で立つことを表しています。右は「見る」という字です。「親」というのは 子供が遊んでいる時に、危なくないように、よく見ていなければいけません。そ のために、「木の上に立って、よく見ている」様子はこの「親」という漢字です。 Standing in a tree, parents watch their children.

DeRooの猫のstoryは「苗は田んぼにある植物で、苗のようなひげをしている 獣は猫である。」An animal with whiskers like rice seedlings is a cat.

さて,この構成要素分析という学習法は外国人にとっては有効であると思われま すが、日本人にとっても役に立つものなのでしょうか。白石みつくにというとて も経験豊かな国語の先生がいらっしゃるのですが、1977に出版された「要素 系的漢字学習指導法」という本の中で、同じような教授法が国語教育のためのも のとして提案されています。白石は、現在まで、漢字教授法の工夫が非常に疎かにされてきたことが残念であると言っています。白石はさらに、論理的な学習法 を身に付ければ、日本人の子供達は新しい漢字に出会った時、その字の構成要素 を分析して、自分だけの力でそれを覚えることが出来ると主張しています。

DEMONSTRATION (45 minutes)

Q AND A (30-45 minutes)

最後に、結論を述べさせていただきます。よく、「漢字は日本人にとっても難し いものだ、ましては外国人にとってはもっと難しい」とよく言われますが、日本語教育者がこのような前提に立って指導していると、当然のことながら学習者 は意欲を失ってしまうと思います。そこで、学習者たちに「漢字は難しい」という代わりに「漢字は面白い」ということを伝えることが出来れば、彼らにとって 大きな励みになると思います。そして、「漢字は神秘的なもの」ではなく「論理 的に覚えることが可能なものである」ということが漢字教育の出発点となれば、 将来はもっともっと多くの非漢字系学習者達が、漢字に興味を持ち、全ての常用漢字を読めるようになるのではないかと私は思います。

ご清聴ありいがとうございました。